人生のくずかご

人生の雑記録

つまらない毎日に意味を見いだしていく

無職になった日

3月下旬F大学卒業式の日。卒業生みんなが新たな門出を迎えようとする中、僕は家で引きこもっていた。

式なんて出たくはなかったのだ。1度留年し卒業は無事に決定したものの、就職先は未定のままで4月以降の人生はまったくの白紙である。

 

だから精神状態もあまり良いとはいえず、おめでたい場所に足を踏み入れたくはなかった。もし行こうものならあちこちで陽のオーラを浴びること必至で、僕の持つ負のオーラが余計に増幅されてしまうからだ。

どうして好き好んで自分を惨めな気持ちにさせることがあるだろう。

 

それに、知っている人に万が一にでも会いたくなかったというのもある。留年した大学生活5年目は、周囲とは没交渉だったから誰も僕の現状なんて知らない。

例えばサークルの後輩に会ったらどうなるだろう。

あっ、××さんじゃないですかお久しぶりです卒業おめでとうございます4月からはどうされるんですかえっまだ決まってないんですか グサリ。悪意のない質問もこちらには太いとげとなって突き刺さる。

そこで無傷のままやり過ごす自信なんてないのだ。

 

卒業生も何千人といるから行ったとしても人ごみのなかに紛れるだけだろうけど、人間はぼう大な人の中でも知った顔があれば無意識に感知してしまうものだ。

結論、行かぬが吉。

 

就職活動をもっとやってればよかったか、と後悔してももう遅い。当時は無気力に輪をかけて無気力だったのだから仕方ない。

留年が決定したときも、精神的ショックとそれを両親に伝える恐怖を感じていた一方で、就活を1年先延ばしに出来るのかというほっとした気持ちを持っていたのだから本当にろくでもないお粗末な人間である。

こんなダメ人間的思考だけはさっさとやめるべきだ。

 

そして先延ばしにした結果やるべきことをやったかと言えば、ろくにやってないのだから始末に負えない。

就活も、重い重い腰をあげ気力を振り絞って数回会社説明会に行き、数回面接を受けただけでやめた。受けるほどに自分の無能さとコミュ力の無さを痛感するだけだったし、それを克服し現状打破しようという気概ももとよりなかった。

 

ぶつからなれば、成長はなくとも傷つくこともない。

今その時に戻るとするなら(戻りたくはない)もう少しちゃんと動けるだろう。当時はそれが限界だったということだ。

 

じゃあ就活をせずに何をしていたのか、といえば何もしていない。文字通り何もしていなかったんだろう。

不思議なことに大学5年目の記憶はあいまいで人生の空白地帯になっており、自分が何をしていたかさえはっきりと覚えてないのだ。

 

でもそれもそうだろう。

留年を期にそれまで4年弱続けていたバイトも辞め、サークルも行かなくなり、やることといえば大学と家の往復のみ。記憶に残るようなことを何もやってないはずだから。

 

残りわずかだった単位を求めて、週に何回かふらっと大学にあらわれてはすぐ消えていく、学生とは名ばかりの半ニート生活だったはずだ。きっと家で延々ネットでもやっていたんだろう。

学費がかかるぶん余計に両親に面目が立たない。

振り返れば本当に何やってたんだろうなと思う。どうしようもないな。

 

結局そんな体たらくのまま何もしないで卒業を迎えた、ということだ。

もちろん卒業式以降の、4月までのごくわずかな時間も何もしなかった。刻一刻とせまるタイムリミットが近づくのを、ただ待っていただけだ。

 

そして4月1日。

みんなが期待と不安の中で入社式を迎える中、僕は不安だけを胸にかかえ、学生と言う立場を失い、何にも属しないまま社会の隅に放り出される。

5年間の決して少なくない学費やそれまで学んだこと、そのすべてが

「23歳無職」

という肩書へと結実した。

 

その後しばらくの間、短時間バイトで食いつなぐ底辺生活を送ることになる。