人生のくずかご

人生の雑記録

つまらない毎日に意味を見いだしていく

埋もれてしまった本たち

読書を趣味の一つとしていて、20年以上さまざまな本に触れてきた。中には、自然と記憶に残った本というものもある。

小学生の頃に親しんだ作品であっても、なぜだか覚えていたりするものだ。

もちろん一から十までを記憶しているわけではなく、ストーリーの一部や結末、挿絵のイメージなど大まかな印象だったりする。

 

その一方で、記憶の奥底に埋もれてしまい、もう思い出すこともない本たちがいる。

こちらのほうが数としてはずっと多いだろう。

こうした本も実はちょっと気になったりするのだ。

 

昔、誰かのインタビュー記事で、「自分が今まで読んだ本の履歴を確認できたらいいのに」とそんな旨の発言をしたのを目にしたことがある。

正確な言い回しや、それが誰だったのか、どこで読んだのかはもう覚えていないが、この願望には強く同意してしまう。

 

僕の場合はいったいどんな読書遍歴なんだろうか。

最近読んだものならまだしも、小学生中学生のころとなると、その記憶は完全に風化してしまっているに違いない。

思い出すきっかけもないまま底のほうで埋もれ続けていくのだ。

 

今まで読んできたすべての本がずらっと並んでいる書架のある部屋を想像してみる。

そこには人生で初めて読んだものから始まり、つい昨日読み終わったものまで、文字通りすべての本が存在する。

すべての本といっても、きっと小さな図書館にも遠く及ばないちっぽけなものになる。それでも20数年の歴史を振り返りながら順番に見ていくと、随分楽しいだろうなと思う。

古いアルバムを開いたときのように、こんなこともあったなと懐かしい気持ちになるかもしれないし、本当にこんな本読んだのか、と不思議がったりするかもしれない。

手にとって読み返していけば、いつまでも入り浸っていられる。

 

それにしても「人生最初の一冊」を見てみたいものだ。

読書人生の始まりを飾る栄えある一冊。

たいていの人がそうであるように、ほぼ間違いなく両親に読み聞かせてもらった絵本のはずだろうけど、何というタイトルなのかもはや確かめるすべはない。

 

小学生や中学生の時も結構読んでいた。よく図書室に足を運んでいた記憶があるし、実家の本棚にも、親の蔵書が数多く置いてあった。

残念なことに、図書館で借りた本が何だったかは当然のことながわからないし、実家にあった本も定期的に整理され、その多くは姿を消してしまっているのだ。

読書日記でもつけていれば読み返すこともできたのかな。

当時はそんなこと思いもしないのでどうしようもないのだけど。

 

一時期は読書メーターというサイトで、読書記録をつけていたこともある。

簡単な感想とともに読んだ本を登録していくだけなのだが、持ち前のずぼらさや面倒くさがりな性格のためにログインしなくなり、「お休み」状態といったところだ。

読書も、読みっぱなしよりはある程度感想を残したほうが、記憶には残りやすいのかもしれない。

自分の考えをまとめるには、どんなことが書いてあったかを振り返ることになるからだ。

 

最近は電子書籍を活用することも多いが、ひょっとすると紙の本と比べて記憶には残りにくいんじゃないだろうか。

あくまでも文字のデータを頭に入れるだけで、実際の本が持つ厚みや装丁の色合い、手触り、本棚に並べられているイメージ、といった様々な要素が取り除かれてしまっている。

 

理想としては、すべての本を紙で読んで、順番に本棚に並べて残しておきたいところだ。

ただそれを家でやるには手狭く、保管するのも大変なのだ。

ネットの中のマイ本棚であれば場所もとらずに何冊でも並べることが出来る。

また、本の登録はじめてみようか、続けられるかな。