人生のくずかご

人生の雑記録

つまらない毎日に意味を見いだしていく

田舎を散歩

最近外に出ていないなと思ったときには、家の周辺を散歩してみたりする。

基本的には生活必需品を買ったりする以外家にこもっているタイプの人間で、とりたてて用がないならこもりっ放しとなってしまう。

それもどうかと思うので、たまには運動もかねて日光でも浴びようかという、そんな気持ちもあってのことだ。

 

場所は田舎である。

人によっては「ど」田舎と呼ばれてしまいそうな、周囲を見渡せば民家に田んぼや畑が広がるばかりの、ありふれた場所だ。

 

ここは都市部で耳にする雑多な音とは無縁で、聞こえてくるのは鳥のさえずりや風の音、農業水路を流れる水音といった、自然音ばかり。

歩いていると、ときおり家々からの生活音や遠くを走る自動車の走行音を耳にする。

 

こんなところであるから、休日の真昼間に散歩しようとも誰にも会わないのだ。

とにかく人影もないし、たまにすれ違うのは車だけで、ちょっとわき道にそれたりすれば車ですら通ることもない。

 

それもそうだろうなと思う。

そもそも人口が少なく高齢化の一途をたどっているところだし、歩いていけるような場所がそこかしこにあるわけでもないのだから。

近場に大きなスーパーもないし、遊び場もない。

移動手段はほぼ車で、歩きの用事といえば、ご近所さんの家にいくぐらいのもの。

 

あまりにも穏やかで静かだと、自分以外の人は本当にいるんだろうか、全員いなくなっているんじゃないかと錯覚してしまうような、都会の喧騒とはかけ離れている感じ。

ひとりが好きな僕にはありがたいが、将来どうなることやらと思わずにはいられない。

 

若い人が出ていくのもよくわかる。

刺激を求める人にとって田舎暮らしは都会とはまるで対極であり、合わない人はまったく合わないかもしれない。

僕も都会暮らしが恋しくなるときもあるが、欠点はあっても田舎暮らしも実際そんなに悪いものでもない。  

個人的に散歩の好きな点は、日光浴ができるというところ。

今の生活のルーティンだと1日中ずっと屋内にいるから、意識して外に出ないと太陽の光を浴びないままだ。

真冬や真夏のような極端な時期でなければ、気持ちよく日光浴することができる。

セロトニンという有能な物質も作り出してくれるらしい。ストレスや無気力、うつや不眠にも関係してくるんだとか。

 

もうひとつ感じるメリットは、何も考えないぼーっとした時間を持てること。

今の生活の中で何もやらない時間をまとまってとるということはなかなかない。

 

家でごろごろしていたとしても、実際には寝転がりながらネットしたり、何となくテレビを見ていたりと何かしらの情報を脳に入れ続けていることも多い。

そうなると気づかない間に脳は結構疲れてしまうもの。

そういうもろもろの情報をいったんシャットアウトする時間を作れるのがいいと思う。

 

なにせ歩く以外のことは何もやらないのだ。

ただ風景を見て、とりとめもない考えが浮かんだり消えたりするままに歩き続け、ぼーっとするだけ。

1時間ほどの散歩でちょっとした気分転換になる。

 

それほどいろんなルートがあるわけでもないし、見慣れた景色ばっかりなので目新しさには乏しいという欠点もあるにはあるが、それでも都会では手に入らない静けさがあるのは何よりだと思う。

埋もれてしまった本たち

読書を趣味の一つとしていて、20年以上さまざまな本に触れてきた。中には、自然と記憶に残った本というものもある。

小学生の頃に親しんだ作品であっても、なぜだか覚えていたりするものだ。

もちろん一から十までを記憶しているわけではなく、ストーリーの一部や結末、挿絵のイメージなど大まかな印象だったりする。

 

その一方で、記憶の奥底に埋もれてしまい、もう思い出すこともない本たちがいる。

こちらのほうが数としてはずっと多いだろう。

こうした本も実はちょっと気になったりするのだ。

 

昔、誰かのインタビュー記事で、「自分が今まで読んだ本の履歴を確認できたらいいのに」とそんな旨の発言をしたのを目にしたことがある。

正確な言い回しや、それが誰だったのか、どこで読んだのかはもう覚えていないが、この願望には強く同意してしまう。

 

僕の場合はいったいどんな読書遍歴なんだろうか。

最近読んだものならまだしも、小学生中学生のころとなると、その記憶は完全に風化してしまっているに違いない。

思い出すきっかけもないまま底のほうで埋もれ続けていくのだ。

 

今まで読んできたすべての本がずらっと並んでいる書架のある部屋を想像してみる。

そこには人生で初めて読んだものから始まり、つい昨日読み終わったものまで、文字通りすべての本が存在する。

すべての本といっても、きっと小さな図書館にも遠く及ばないちっぽけなものになる。それでも20数年の歴史を振り返りながら順番に見ていくと、随分楽しいだろうなと思う。

古いアルバムを開いたときのように、こんなこともあったなと懐かしい気持ちになるかもしれないし、本当にこんな本読んだのか、と不思議がったりするかもしれない。

手にとって読み返していけば、いつまでも入り浸っていられる。

 

それにしても「人生最初の一冊」を見てみたいものだ。

読書人生の始まりを飾る栄えある一冊。

たいていの人がそうであるように、ほぼ間違いなく両親に読み聞かせてもらった絵本のはずだろうけど、何というタイトルなのかもはや確かめるすべはない。

 

小学生や中学生の時も結構読んでいた。よく図書室に足を運んでいた記憶があるし、実家の本棚にも、親の蔵書が数多く置いてあった。

残念なことに、図書館で借りた本が何だったかは当然のことながわからないし、実家にあった本も定期的に整理され、その多くは姿を消してしまっているのだ。

読書日記でもつけていれば読み返すこともできたのかな。

当時はそんなこと思いもしないのでどうしようもないのだけど。

 

一時期は読書メーターというサイトで、読書記録をつけていたこともある。

簡単な感想とともに読んだ本を登録していくだけなのだが、持ち前のずぼらさや面倒くさがりな性格のためにログインしなくなり、「お休み」状態といったところだ。

読書も、読みっぱなしよりはある程度感想を残したほうが、記憶には残りやすいのかもしれない。

自分の考えをまとめるには、どんなことが書いてあったかを振り返ることになるからだ。

 

最近は電子書籍を活用することも多いが、ひょっとすると紙の本と比べて記憶には残りにくいんじゃないだろうか。

あくまでも文字のデータを頭に入れるだけで、実際の本が持つ厚みや装丁の色合い、手触り、本棚に並べられているイメージ、といった様々な要素が取り除かれてしまっている。

 

理想としては、すべての本を紙で読んで、順番に本棚に並べて残しておきたいところだ。

ただそれを家でやるには手狭く、保管するのも大変なのだ。

ネットの中のマイ本棚であれば場所もとらずに何冊でも並べることが出来る。

また、本の登録はじめてみようか、続けられるかな。

引っ越しと職探し

aivirp.hatenablog.com 時期的にはこの後。

卒業をした後は引っ越しをしよう、というのは決めていた。

もちろんそのまま住み続けていても良かったのだけれど、住んでいたアパートや近辺は大学のすぐそばということもあって学生が多く、その立場を失った身としては、そのまま居座り続けるのもどことなく気が引けてしまった。

それに、近くを歩けば楽しそうな学生の姿が所々で目に入り、自らの境遇と自然と比較してしまう。

気分を新たにしようという思いもあり、職探しの拠点を移すこととなった。

 

引っ越し先は同じ市内にある、やや離れた地区。

特別そこを気に入ったというわけでもなく、ただネットで安いアパート巡りをしていたところ、たまたま行きついた場所だったというだけだ。

住宅街の一角に溶け込んでいる何の変哲もないそのアパートは、小ぢんまりとした佇まいだった。

部屋もロフト付きワンルームのごくごく普通の物。

 

住む場所としては申し分のないところで、徒歩圏内にコンビニ、ディスカウントストア、スーパーもあり、近くには大きな図書館や自然に囲まれた公園等揃っていて困る部分も特になかった。

都会なら当たり前だとしても、田舎に住んでいる今考えてみるとなんて便利な所だったんだろう。

 

住んでいて困ることもなかったものの、ただひとつだけ欠点があった。

それが、アパートが線路の真横にある、ということ。

小さい道路1幅分しか隔てていない距離で、すぐ目の前を電車が通り過ぎてゆく。おまけに踏切もすぐそば。

外を歩いている分には何気なく耳を通り過ぎる音も、家の中へと場所を移せば途端に耳障りな音へと様変わりしてしまう。

 

一定の間隔でカンカンカンと予告音が鳴り響き、それに続いてやってくる轟音。定期的にアパートの部屋を揺らしながら電車が過ぎ去ってゆく。

これが最初のうちはきつかった。

内見もすませていたのでわかってはいても、いざ生活を始めるとちょっとしたストレスの種となる。

 

けれども人間の適応力もなかなかのもので、しばらく住むうちに、耳をふさぎたくなるようなこの騒音はまったく気にならなくなった。

日常風景の一部と化してしまうと、音をことさら意識することもなくなるみたいだ。

 

しかし、人生の大問題に比べればそんなのは大したことじゃなく。

そう、一番の問題は何といっても職探しのほう。

無職のまま大学を卒業して、一体この先どうするのかということだ。

 

貯金も少なく金銭面でも親に頼り切り。このまま無職ではいられないという焦燥感。だからといって行動するのも不安。それでも何でもいいから何かしないとという思い。

そうした感情の中、何とかやる気を奮い起こし仕事探しをすることに。

 

ちなみに当時正社員を探す気はほとんどなかったように思う。はなから諦めていたふしがあって、無駄な行動をするよりもひとまずアルバイトをしようと考えていた。

自分が正社員になるというイメージもわかず、面接の準備もやる気はせず、短期的な目線でとにかく自分でも受かりそうなバイトという立場で今の生活をしのごうと考えていた。

 

そこで手元に用意したのが、おなじみのタウンワーク

こちらの本、一見するとたくさんの仕事が載っているように思う。 けれども 「自分にできそうなこと」というフィルターでふるいにかけると、その数はずっと少なくなってしまうのだ。

まずコミュニケーション力がない、というのが痛かった。

当然人と接する仕事もはなから出来そうなリストの中には入っておらず、それだけでも結構仕事は限られてくる。

 

社会に出るにはまず何よりもコミュニケーション力が必要なのだ。

生まれる前に、どうもパラメーターの調整を間違ってしまったらしく、生まれてからもその能力を伸ばしていく機会は特になかった。

とにかく、自分でも受かるアルバイトをやるしかないとその時は思うしかなかったわけだ。

 

そんな中見つけたのが、皿洗いのアルバイト。

皿洗い。

イメージ的にはただ作業を繰り返す感じで、複雑なこともなく、コミュ力などもいらなそう。

場所も自転車で通える範囲にあって、応募してみるかと思った。

結果的に20代前半まではここで働くことになる。

その間、やっぱり社員を目指したりといった行動はあまりしていなかった気がする。

 

これは以前書いていた皿洗いの大変な点について。

aivirp.hatenablog.com

ブルースクリーン・オブ・デス

そういえば、スマホを手にする時間が減ってきたように思う。

以前から依存傾向にあった某アプリの使い過ぎをやめるべく、時間制限をかけたのが功を奏したのか、熱もおさまった。

aivirp.hatenablog.com

途中でアンインストールし、もう1か月近く使ってはいない。

不思議なことに、やめた直後はまだついつい見たくなってくるのに、これだけの期間やめてしまえば、もうアプリの存在自体が頭の端にものぼらなくなる。

数年前に完全に依存していたスマホゲームを辞めた時もそんな感じだった。

正直今また始めてしまえばどうなるだろうかと言うと、多分また熱中するだろうというのは想像できてしまう……。

きっとやらないと思うけれど。

 

ところで完全に話は変わって、最近日本HPで買ったパソコンのほうにトラブルが発生してしまった。

ブルースクリーンが頻発するようになったのだ。

もう長いこと見ていなかったのに、とうとう来てしまったかと憂うつに。

 

前触れもなくいきなりさっと画面が青くなり、「問題が発生したため、PCを再起動する必要があります。エラー情報を収集しています。自動的に再起動します。0%完了 停止コード KMODE EXCEPTION NOT HANDLED」の文字。

 

しかしいくら待っても0%が100%にならない。

どうしたものかと頭を悩ませた結果、電源ボタンで切るしかないかと思いシャットダウンして電源を入れなおす。

無事に起動してくれたか、と思ったのも束の間。

起動してまもないうちに再びブルースクリーンへ、というループに入り込んでしまった。

 

嘘だろう……。まだ購入して1年9カ月ほど。まだまだ働いてもらわないといけないのに。

当然修理に出しても有償だし、相場は知らないけどきっと高いんだろう。

だんだん不安になってくる。

 

とりあえずこのままではらちが明かないので、何とかしないとと思い調べてみて、windowの設定の中にある回復オプションを試してみることに。

 

……。

 

結果的にはこれだけで症状は消えてくれて、今のところは問題なく使えている。

回復オプションの実行中にブルースクリーンが現れたりと絶望しながらも、何とか持ち直してくれた。あくまでも今のところは。

 

購入時に付属していたアプリ等もろもろが全部消えているみたいで、何か問題になるかな、と考えてみたけどもう取り返しはつかないのでしょうがないか。

 

※今日ネットニュースで知ったけれど、どうやら日本HP製のデスクトップでブルースクリーンが発生する問題が起こっているらしい。

同じような人も結構いたのかもしれない。

 

一応暫定的な対処法も公開されているようで、どうやらwindowアップデートが云々ということなので、とりあえず更新停止しておいた。

まだちょっと不安だけど。

生き方の選択を変えていたらどうなっていただろう

今の人生にさして満足していないせいか、もう少し生き方の選択を変えていればもっといい人生があったんだろうかと考えてみる。

生きることの楽しさを感じられてむなしさや無気力とは無縁の日々。そんなもの夢だとはわかってはいてもそれでも今より「マシ」にはできた気がしないでもない。

もしかしたら、生まれてから今までの人生を100回ぐらいシミュレートすれば1回ぐらいは最高な人生があったりするかな?

まあ幸いにして取り返しのつかない事態に陥ってはいないので、ああしていればよかったというような強い強い後悔というほどのこともなく、誰しもが一度は考えてみるただの空想にすぎない。

 

振り返ると、もっと違うルートを通るべきだったと思うことも多少はある。

過去の数々の選択や生き方が今の人生を作り出しているとするなら、そりゃあ当然過去を変えれば今も変わるだろうと考えてしまうわけだ。

もっともそんなことを考えていても意味はないということはよくわかっている。

何か別の選択をしていたとして、それが本当に今より幸せなものになっていたかなんて誰にもわかりはしないのだし、どんな手段をもってしても確かめようがない。

 

これがノベルゲームの世界であれば、グッドエンドに続く「正解」の選択肢が存在し、バッドエンドへと続く「不正解」が存在する。

いつでも分岐に戻り1度目に選ばなかったほうを選び、その先の未来を確認できる。

けれども現実は作られたシナリオではないのだし、少なくとも人間から見たら未来は不確定であって、ある選択がどんな未来へつながっているかということなんてわからない。

自分の選んできた選択に正解や不正解が設定されているわけもないのだし、現在から過去を振り返った時に自分の選択はどうだっただろうかと、各々の価値判断が行われるだけの話だ。

 

それに自分にとって分岐点に思える出来事でも、その時点での選択たったひとつだけが、すべての人生の方向性を100%決定づけるというものでもない。

結婚するとかしないとか、会社をやめるとかやめないとか、そんな重大(に見える)ことならもしかしたら人生の方向性は今とはがらりと変わってくるのかもしれない。

それでも実際にはどんなルートであっても分岐点の「その先」にはまた数多くの分岐点が存在するのだから、どう生きたとしても、どの選択がいい人生なのかはやっぱりわからなくなってしまう。

そういう意味では何が正解で何が不正解なのか考えることはナンセンスかもしれないなと思う。

 

そしてどんな道を歩もうとも、すべてが望み通りの完璧な人生なんてありえないことで、大なり小なりどこか不満を抱えていたり、欠落感を感じていたりするはずだ。

今とは全く違う仕事、人間関係のように完全に違う環境にもし身を置いていたとしても、自分自身の性格やもともとの性質を簡単には変えられない。

個人的には生まれ持った性格が人生の幸不幸の何割か決めているんだろうなとは感じる。

性格が変わらないのなら、今と同じようなことで同じように悩み、生き方を後悔をしているのかもしれない。

別の人生を生きたとしても、今の自分と同じように、自分自身を不幸に仕立て上げて憐憫にひたっているのが想像できて笑ってしまう。

で、違う人生を夢想しながら、もう少しマシな人生もあったのかなと考えてみるんだろう。今と同じように。

 

それに、過去の自分が何か行動を変えられたか、と考えてみるとそれは無理だろうとしか思えない。

今は、「現在」という過去を振り返ることのできる状況にいるから、こうしていればよかったかもな、と思うことが出来るだけだ。

フィクションのように今の記憶を持ったまま過去に戻れるというのなら、そりゃあ幾分「マシ」な人生を作りだせるかもしれない。

それは昔と違って成長しているし社会経験もあるし、過去の自分にないものを多少は持っているからだ。

でも過去に色々な判断をくだした自分、というのははしょせん過去の自分でしかないのだから、そのように行動するしかなかったんじゃないのか。

何かを変えられたかもしれない、と思うのはきっと幻想なんだろう。

 

何だか、幸せでないと、どうしても足りないものに目を向けてしまいがちになる。

そればっかりにフォーカスしてしまうと、いつまでたっても前向きにはなれないのに。

今の人生で手に入れているものや人間的に成長できた部分は、実は今の人生を生きたからこそ手に入ったんだよなと思う。

気分的にはどん詰まりのような感覚におちいったとしても、これから先のことを考えてみればもっと多くの生き方の可能性があるんだろう。

あくまでも自分自身がそのことについて考える前向きさがあれば、の話だけど。

 

結局将来がどうなってるかなんてわからない。少なくとも今存在する可能性に広く目を向けて、できる範囲のことをやっていければいい。

この先、人生へのとらえ方が変わる瞬間がないなんて言いきれない。

電子書籍が手放せない

定期的に確認している、電子書籍のセールのページ。

この間ひさびさに見てみたところ、「50%ポイント還元セール」の文字が。

おおっ、これは見逃せない。

 

定期的にいろんなセールが行われている中で、50%ポイント還元というと特にお買い得だといえる。

1ポイント1円なので実質半額のようなもの。もともとの値段が紙の本よりお安いのに、さらにお安く手に入る。

電子書籍はこういったセールがあるので、安月給の身にとっては凄くうれしい。

 

ちなみに使用しているのはAmazonKindle Oasisという端末。結構前に買ったもの。

もともとOasisより安いモデルを持っていたのだけれど、どうしてもお高いものを手にとってみたくなったのだ。

タブレットと違って読書しか出来ないというのにこちらの懐事情を案じさせる「いい値段」で、ためらいながらも、どうせ他に貯金の使い道もないし…という言い訳もまじえつつ購入するにいたった。

結論から言うとこれは大正解。

使い勝手の良さや読みやすさにほれ込んで、今では読書に欠かせない。

今回のようなセールが定期的にあるのも、紙の本にはない大きなメリットだ。

 

さあ今回のセールはどんな本があるのか、と早速ウォッチ。

こうして読みたい本を探していると少し気分が弾んでくる。実際に読書している時間と同じぐらい探している時間というのも良いものだなと思う。

 

いろんな本に出合うという意味で特にジャンルなどの指定もせず片っ端から見ていくことに。

それにしても大量の本でとても全部は見れなさそう。

Amazonはなぜだか商品が縦1列にしか表示されない時があって見にくいことこの上なしだけど、何とかならないかな。

 

とりあえず、興味をひかれたものを片っ端からほしいものリストに放り込んでおく。

おっ面白そうと思ったものを全部購入しているとさすがに予想外の出費になりかねないので、後ででどれを買うか考えよう。期間もあと10日間ほどあるみたいだし。

 

電子書籍を購入してからは、本の楽しみ方が増えたように思う。

紙の本は紙の本で今後も読み続けるけれど、電子書籍のほうも長くお世話になりそう。

ワードプレスからはてなブログへの移行

ワードプレスでブログ書くのやめるか。最近になってふとそう思った。 ほとんど更新もせず、サーバー代やドメイン代を無駄にしているだけとなっていたからだ。

気づけば一年と数カ月。

新しいことでも初めるかと一念発起し、その勢いのままにすぐさま立ち上げた初めてのブログ。

書いている内容も個人的な不満や日常生活のことなので、読まれることもさして多くはなく、書く頻度も減りつつあった。

 

どうしてわざわざお金を払ってまで書いてるんだろうと改めて考えてみると、すでに理由はなく、惰性の2文字が見え隠れしていたといってもいい。

はじめから無料にしておけばよかったかな。

 

全部消してもそれほど後悔もないだろうなと思ったものの、さすがに少しもったいないかと、しばらくせめぎ合ったのち、無料ブログに移行させることに決定。

行く先は、読者として以前からお世話になっていたはてなブログへ。

 

さて、早速移行手続きに入ることとなるが、移行するのって大変なんだろうか。

ところが調べてみると、思いのほか簡単な手順で済むらしい。

やることと言えば、たったの2つ。

ワードプレスのブログのデータを取り出し、それをはてなブログへと移す。

これだけでOK。

どちらもボタンワンクリックで、ものの1分もあれば終わってしまう。

実際に手順通りに進めてみると、すべての記事がはてなブログのほうへ移動しており、あっけなく完了した。

 

続いてやることは、ワードプレスブログの削除。

借りていたサーバー、ドメインを解約することとなる。こちらも特に問題なく完了。

ついでに、Googleアナリティクス、サーチコンソール、アドセンス、使用していなかったAmazonアソシエイト等の関連サイトから登録していたブログ名も削除しておいた。

 

おそらくやることを全て終えた後、最後に自分のブログを訪問してみると、表示されていたのは

「404 Not Found」の文字。

ああついに元のブログは無くなったんだなとそう思うと、なぜだか気分が晴れ晴れとしてきた。

 

そして最後、気が思いながらも、もうひとつやっておくかと決心した。

それが、過去の記事を整理すること。

 

昔の文を読み返すというのはどうも気恥ずかしさが強く、変なことを書いてないだろうかと心配になってしまうのだ。

それでもこの機会を逃せば放ったらかしになると思い見直してみることに。

内容の変更はおこなわないにしても、文の手直しはしておいたほうが良さそうだ。おそらくひどい文を書いているだろうから。

 

ひとまず順番に見直してみる。

予想ほどの恥ずかしさはなく、意外に冷静に読み返すことが出来た。

そういえば最初は敬語で書いていたんだった。今見返すとちょっとした違和感がないでもない。

中には気持ち悪い言い回しや口調も散見されて、頭を抱えてしまった。

これは見直してよかったかもしれない。

 

タイトルを見て、あっこれは絶対に恥ずかしいこと書いてるから読み返したくない、と感じたものはそのまま削除させていただくことに。

 

そうして作業すること2日間。 やることもすべて終わり、非公開にしていた記事をすべて公開へと設定も終える。

これで、無事無料ブログへの移行も終わり、お金を気にすることなく気楽でいられそうだ。

 

今後も日常生活のあれこれや、雑感などを書いていき、放置したいときには思う存分放置していこう。